行方不明になったふたりの老女
2022-04-20


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初挑戦していたミステリー小説の短編をとりあえず書き終えた。まだまだ引っかかっているところがあるので、脱稿までにはもう少し時間がかかる。それもまた愉し、だ。
 今回の物語では四人の行方不明者をめぐる事件を書いた(でっち上げた)。それを捜査する生活安全課の巡査部長もひねくり出した。
 こうやってなんでも創り出して、登場人物たちを勝手に動かすのはおもしろいものだ。素人の駄作でも、せっかく書いたのだから、またどこかの懸賞に応募してみよう。
 行方不明者といえば、先日こんなことがあった。
 歩いて近くの食品スーパーのマルキョウに買い物に行った帰り道、髪が真っ白な老女がふたり、なにやら不安げに立ち話をしていた。小学六年生ほどの背丈で、ぼくに向かって、すがりつくようなまなざしを送っている。そこは以心伝心というやつで、こちらから声をかけた。するとー、
「わたしたち、どっから来たんでしょうかねえ?」
「はぁ? どこから来たのか、わからないんですか」
「どこに帰ればいいのか、わからんごとなったとですよ」
 これはやばい。
「あんたが(道を)わからんごとなったんが悪いよと。あんたの方が古いっちゃから」
「なんがね、あんたもそげん変わらんじゃないとね」
「あんたが外に出ようといったから、わたしはついて来たと。もう、あんたとは一緒に歩かん」
「でも、こんマルキョウには、来たことがあるばってんなぁ」
 少し険悪になったふたりの老女のやりとりを聞いて、だんだん事情が飲み込めてきた。
「どっちの方向から来ました?」
「それがわからんと」
「おうちはどこですか?」
「さぁ」
「歩いて来たんですか? バスには乗ってないですよね?」
「うん、歩いて来た。そうだよね」
「あんたが歩こうというたから、わたしはついて来たんよ。道がわからんのなら、着いて来んやったのに。もう、あんたとは一緒に歩かん」
 典型的な認知症である。さぁ、こまった。
「交番に電話してみましょうね」
 ところが、いまのご時世、スマホで検索しても交番の電話番号は出てこない。104に問い合わせてもわからなかった。
 そのとき、ひとりの老女が、なんと、スマホでだれかとしゃべっているではないか。なんでも向こうからかかってきたという。すぐ、そのスマホを受け取って、電話の相手と話した。
 やっぱり、だった。ほんの200メートルほどはなれたところにある老人施設の女性からだった。そこからこの現場までは、直線の道を歩いて、その先でぶつかった道路を左に折れるだけ。たったそれだけのことが、彼女たちにはわけのわからない「迷路」になっていたのだ。
 失礼ながら、ぼくが散文のなかで無理やり創り上げた架空の行方不明者たちよりも、はるかにリアルなおふたりであった。
 待てよ。あの気のよさそうな老女のコンビを主役にして、まわりを笑いと涙の渦に巻き込む小説を書いたら、案外おもしろいかもしれないな。うん、これから先は、ここには書かないでおこう。
 書きかけの短篇小説からひと息ついて、ぼくはそんなことをぼんやり考えている。

■団地の一角に埋めていたオキザリスの球根から、かわいいピンクの花が咲いた。昨日、ぼくの目の前で、ひとりの男性老人がこの花に引き寄せられるように近づいた。
 きれいでしょ。もっと近くで見たくなったんでしょ。
 ぼくはそうおもって、後ろの方から、じっと様子を見ていた。ところが、この爺さん、右の手の平をスコップのようにして、ひとつの花を根っこからすくい取ったのである。
「止めてください! 花がかわいそうじゃないですか」
「すみません。あんまりきれいなものだから。わたし、花が大好きなものだから……」
「みなさんに楽しんでもらいたくて、植えて育てているんです。これからは見るだけにしてくださいね」

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